第38回「小沢海外功労賞」受賞者

当協会は、第38回「小沢海外功労賞」の受賞者として個人5名を選出した。
「小沢海外功労賞」は、当協会初代会長 故 小沢久太郎氏の醵金をもとに、同氏の国際協力にかけた情熱を永く記念するために昭和55年に創設され、海外での国土開発または建設分野の国際協力に功労のあった個人・法人を表彰するものである。昨年度までに、個人157名、法人51社が表彰されている。
第1回~第37回受賞者(PDF)

第38回「小沢海外功労賞」受賞者

家弓 重正 氏

セントラルコンサルタント(株)海外事業部 顧問
1972年から28年間、(株)大林組に勤務。現場所長を務めたインド国ニザムディン橋建設計画は、大林組が初めてインドで受注した大型橋梁工事で、日本の常識が通じないインドでの多くの困難を乗り越え、26カ月の工期内で完成させた。この工期は当時のインドでは驚異的な早さであり、同国の道路学会等の技術者が多数見学に訪れるなど、注目を集めた。
2000年よりJICA国際協力専門員となる。約13年のうち8年6カ月はJICA在外事務所に駐在。アジア、アフリカ等約50カ国を訪問し、無償資金協力事業の施工現場にてJICAの立場から評価と助言を行い、構造物の質の確保と向上に貢献した。
2014年よりセントラルコンサルタント(株)に勤務し、これまでの経験を活かして国内から海外プロジェクトの施工管理支援を行っている。

五島 正明 氏

(株)オリエンタルコンサルタンツ・グローバル 総合開発事業部港湾部 理事

38年にわたり多くの港湾インフラ整備事業に参画し、開発途上国の発展・復興に寄与してきた。
フィリピン国全国漁港建設事業は、漁港施設整備の遅れにより多くの漁獲物が流通前に廃棄されていた状況に鑑み実施されたもので、各漁港すべての計画・実施を主導。この事業は同国の水産資源の有効活用に多大に寄与した。カンボジア国プノンペン港・シハヌークヴィル港建設事業は、内戦で疲弊した同国の復興を支援するため、国連PKOと同時期にJICA港湾無償事業として開始されたもの。現在まで数次の港湾有償事業が実施されてきており、これら一連の事業を主導した。90年代初頭には取扱貨物がなかった両港は、2000年代に貨物量が飛躍的に増大し、継続して拡張計画が実施されている。

鈴木 平三 氏

(株)パスコ 中央事業部技術センター 海外技術室 技師長

測量分野での知識を海外に伝えるとともに、総括として多くの海外プロジェクトを推進。測量・地理空間情報の可能性を追求し、常に技術の研鑽に努めている。「ブルンジ国ブジュンブラ市地理情報データベース整備」では、国家基準点が不足する同国の実情に鑑み、自身の経験を活かして国際的な精度を有する国家基準点を新設した。「トーゴ国地形測量データベース設置計画」では、日本の人工衛星「だいち」で撮影された画像の積極的な活用を提案し、日本の技術力をアピールした。「エチオピア国デジタル地図データ作成能力強化プロジェクト」では、組織面の強化を含めたキャパシティビルディングを実施。また、案件終了時に地形図案件としては初の試みとなるフォローアップ案件を形成し、成果の定着を図った。平成28~30年度の3カ年、国建協の測量部会長を務めた。

日下 清 氏

大日本土木(株)海外支店土木部 専門部長
1985年から海外業務に携わり、太平洋、東南アジア、中東、アフリカなどの地域で、12カ国、22件の海外建設プロジェクトに従事してきた。2013年に着工し、現在も継続中の南スーダン国ナイル架橋建設工事は、政府軍と反政府軍の衝突による内紛で二度にわたり工事が中断した。日本国外務省から出された工事関係者全員の国外退避勧告を受け、日本人のほかエジプト人、フィリピン人などを含む60人余りのスタッフを無事に避難させた。日本国政府としては初めて第三国人の退避を支援した事例であり、判断力や指導力が外務省やJICAから高く評価された。また、現地作業員への技術移転に尽力するとともに、社会貢献や教育活動の一環として、大学の学生の現場への招待、スポーツを通じた平和構築に寄与するためのスポーツグランド整備の支援といった活動も行っている。

秦 勲 氏

(株)大林組 アジア支店 インドネシア事務所長

台湾初のBOT国家プロジェクトである台湾新幹線に高架橋工事の工区所長として従事。国際基準の安全設備を整備し教育することで、同国の安全水準を向上させた。台湾のLNG受入れ基地新設工事では、台湾初となる地上式大容量(16万kl)PCタンク3基の建設に所長として従事。技術的課題を、日本の技術を導入することで克服し、さらに現地スタッフや協力会社を主導することにより3基同時施工を実現し、契約工期を約2カ月短縮させて、発注者から高い評価を得た。UAEドバイでは、中東諸国初の都市鉄道工事の統括所長として従事。資機材の調達や人材確保に苦慮したが、培ってきた人脈を活かして世界各国から人材を調達し、技術者や労働者を確保した。多民族多国籍のスタッフや作業員と十分な意思疎通を図りながら、厳しい工期のなか、工期内の竣工に導いた。